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豊後高田市草地
6世紀ごろに作られたと考えられる前方後円墳です。大きさは全長60mほどです。発掘調査では、たくさんの埴輪【はにわ】が発見されています。
津久見市上青江
津久見のミカン栽培の歴史のシンボルで、樹齢800年余りといわれるミカンの木です。日本に現存している柑橘類【かんきつるい】の中では、最も古い木とされています。
東国東郡姫島村
黒曜石は火山の溶岩が急激に冷やされたことにより生まれた天然のガラスです。学名はobsidian。日本では黒い色が多いため黒曜石とよびますが、世界には赤や褐色など様々な色の黒曜石があります。姫島の火山活動を物語る貴重な場所です。
大分市庄ノ原
大分市にある前方後円墳で、大分市の中では最も古いと考えられます。古墳の周りには周溝がめぐっています。後円部からは、石を組み合わせて作った棺が見つかっています。
豊後大野市大野町桑原
豊後大野市大野町にある、全長約45mの前方後円墳です。後円部からは、石のひつぎが見つかっています。古墳の形や出土した遺物から、古墳時代前期につくられたと考えられています。
大分市賀来
大分市にある古墳です。石室の中に、大きな石の棺が置かれています。6世紀後半頃につくられたと考えられます。
日田市田島
日田市にある、直径35mほどの大きな円墳です。古墳の上には埴輪【はにわ】が並べられていたようです。日田地域の首長の墓と考えられます。
由布市挟間町朴木・内成・詰、別府市東山
由布川上流部にある長さ数㎞の峡谷【けいこく】で、谷底までは約30mの絶壁となっています。多数の円形状の穴(甌穴【おうけつ】群)が連続している様子や滝が美しい景観をつくっています。
豊後大野市朝地町大字上尾塚
明治時代につくられた、大野川を舟で下るための水路です。車も汽車もない時代では、舟は大事な交通手段でした。大野川は滝が多く、舟で渡るのが大変な川でしたが、滝をよけるように舟路が造られ、竹田から犬飼まで舟で行けるようになりました。
国東市国東町大恩寺
国東半島に広がる天台宗の寺院群を六郷山【ろくごうさん】といいます。文殊仙寺は、六郷山の3つのグループのひとつ末山【すえやま】に属しました。役行者【えんのぎょうじゃ】の開基とも伝えられ、古くから修行の場としてあったと考えられます。
豊後高田市加礼川
国東半島に広がる天台宗の寺院群を六郷山【ろくごうさん】といいます。長安寺は、六郷山の3つのグループのひとつ中山【なかやま】に属しました。長安寺は屋山の中腹にある寺院で、中世以前は惣山【そうざん】屋山寺と呼ばれる六郷山の中心寺院でした。現地には、本堂や講堂の跡が残っています。
由布市挾間町挾間
いまの由布市挾間町周辺を鎌倉時代〜室町時代に治めていた挾間氏の墓地といいます。県指定有形文化財の五輪塔を含めて20数基の五輪塔が並びます。なかには寄せ集められ異なる組み合わせで積み上げられたものがありますが、挾間氏の墓石とみられるものが4基あります。
杵築市大田沓掛
鎌倉時代、田原別符【たわらべふ】(現杵築市大田付近)を拠点とした田原氏一族の墓と伝えられています。高さ174cmで四方に種子【しゅじ】が刻まれた五輪塔を中心に、鎌倉時代〜室町時代につくられた五輪塔・宝篋印塔【ほうきょういんとう】・宝塔【ほうとう】などが30基あまり並んでいます。
杵築市大田小野
元応3年(1321)の年号がある国東塔(国指定重要文化財)をはじめ、鎌倉時代〜室町時代の国東塔・五輪塔が100基近く並び立っています。このほかに、独特な板碑もあり、中世の石造物が一ヶ所に集中する貴重な史跡です。
臼杵市臼杵91
時期は諸説ありますが戦国大名大友義鎮【おおともよししげ】が築城し、江戸時代には臼杵藩藩主の居城として利用されました。現在は埋め立てられて陸続きですが、臼杵湾内の小島丹生島にあった城でした。卯寅口門脇櫓【うとのぐちもんわきやぐら】・畳櫓・空堀・石垣等が残存しています。
大分市荷揚町1201
現在の大分市付近を治めていた府内藩の城です。慶長2年(1597)に築城が始まり慶長7年に本丸・二の丸・三ノ丸が完成しました。現在は、天守台・石垣ほか、江戸時代中の災害後に再建された宗門櫓・人質櫓(県指定)等が残っています。
国東市国東町大字浜崎
不動院跡と言われる場所に、高さ220cm程の石を中心に7基の一石五輪塔【いっせきごりんとう】があります。他の五輪塔と異なり、のっぺりとした外観をしています。平安時代末に作られた、臼杵市中尾の五輪塔(国指定重要文化財)に似ていることから、「祖形」といわれるになったようです。
日田市丸山
日田盆地北側の月隈山にある城です。慶長6年(1601)に小川光氏によって築かれましたが、寛永16年(1639)に永山布政所へ政治機能が移ったことをきっかけに、廃城になりました。