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豊後大野市三重町小坂
豊後大野市三重町にある前方後円墳です。前方部が短く、低いという特徴から、三重町の前方後円墳のなかでも比較的古いものだと考えられています。古墳の周りの周溝【しゅうこう】などもみられる、残りの良い古墳です。
由布市湯布院町川南 大午社
大杵社【おおごしゃ】の御神木である大スギは県内で最も大きなスギで、樹齢は1000年以上といわれています。
玖珠郡玖珠町大字森・帆足
大岩扇山は頂上が平らなテーブル状の形をして、周囲が断崖【だんがい】で囲まれた地形をしています。このような地形をメサといいます。大岩扇山は玖珠の山々を代表するメサ地形の溶岩台地です。
速見郡日出町 松屋寺
松屋寺【しょうおくじ】のソテツはもともと豊後府内城に植えられていたもので、日出藩の2代藩主・木下俊治【きのしたとしはる】が松屋寺に持ち帰ったといわれています。江戸時代から日本一のソテツとして名高く、樹齢は600年以上と推定されています。
佐伯市本匠大字小半
全長約700m以上ある鍾乳洞【しょうにゅうどう】です。洞内には天井から多くの鍾乳石【しょうにゅうせき】が垂れ下がり、見事な景観をつくっています。中でも斜めに傾いている斜柱石【しゃちゅうせき】は有名です。(現在、立入禁止です。)
豊後大野市三重町大字内田
豊後大野市の三重中学校の中にある前方後円墳です。大きさは約53mで、墳丘は二段になっています。墳丘は葺石【ふきいし】に覆われており、埴輪【はにわ】が並べられていました。
豊後大野市三重町大字秋葉
豊後大野市に所在する前方後円墳です。もともとの大きさは約52mほどあったと考えられます。出土した埴輪【はにわ】の特徴や、古墳の形から、重政古墳とほぼ同時期につくられたと考えられます。
大分市神崎
大分市と別府市との境にある標高628.4mの高崎山にある、日本最大規模のニホンザル群生息地です。
佐伯市大字長谷 城八幡社
ハナガガシは、九州・四国の一部に分布するブナ科の高木です。人の活動によって影響を受けることなく原生状態に近いこのハナガガシ林は、自生地として大変貴重です。県内では堅田郷八幡社と八坂神社(佐伯市弥生)の2か所だけにあります。
竹田市久住町、玖珠郡九重町
ツツジ科の小低木です。中部地方から北海道の高所に自生し、九州ではくじゅう連山の山頂帯【さんちょうたい】にだけ生えています。5月から6月ごろに淡い紅色を帯びた白色で、つりがね形の花を咲かせ、9月中旬に赤い果実ができます。
玖珠郡玖珠町大字森
江戸時代に、森藩陣屋【もりはんじんや】の北側に作られた庭園です。池や泉からなる庭園や久住連山の展望を活かした庭園があり、変化に富んだ景色を楽しむことができます。
カモシカはシカという名前がついていますが、シカではなく、ヤギやヒツジと同じウシ科の仲間です。中国地方を除いた本州、四国、九州に生息する日本固有の種です。九州では大分県、宮崎県、熊本県の山地にすんでいます。
宇佐市院内町
オオサンショウウオは「生きた化石」とも呼ばれる世界で最大の有尾目【ゆうびもく】両生類です。日本では、岐阜県以西に生息し、中国地方に多く、九州では宇佐市院内町の南院内地域が唯一の生息地です。
オオサンショウウオは、カエルなどと同じ両生類で、その中でも一番大きい、日本固有の生物です。半分に引きさかれても、死なないほど強いと信じられ、「ハンザキ」や「ハンザケ」とよばれて神社にまつられている地域もあります。
中津市大字永添
山国川の右岸の、中津平野を見下ろす台地の北端にあります。この遺跡は、8世紀中頃から10世紀前半の豊前国下毛郡衙【ぶぜんのくにしもげぐんが】の正倉【しょうそう】(倉庫)があったとされる古代官衙【かんが】(役所)遺跡です。非常に残りがよく、古代の役所の様相や変遷がわかります。
大分市大字横尾
横尾貝塚は、乙津川【おとづがわ】の西側にある縄文時代の貝塚です。特に、姫島でとれる黒曜石【こくようせき】のかたまり(石核【せっかく】)や素材(剥片【はくへん】)が大量に出土してます。そのため、石材の流通拠点であったことがわかります。
宇佐市法鏡寺
飛鳥時代(白鳳時代【はくほうじだい】)にあった古代寺院で、宇佐神宮【うさじんぐう】と弥勒寺【みろくじ】の近くにあった、重要なお寺でした。 発掘調査などから、金堂【こんどう】は推定で東西約14.6m、南北約11m、講堂【こうどう】は推定で東西約30m、南北約17mの規模であったと考えられています。
日田市淡窓町
江戸時代の日田市豆田町で、広瀬淡窓【ひろせたんそう】が開いた私塾【しじゅく】です。この塾の卒業生には、明治時代に活躍した有名な医者、学者、軍人、政治家などたくさんいます。