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臼杵市野津町大字原
戦国時代に下藤村で暮らしていたキリスト教の信者を埋葬した墓地です。発掘調査によって、66基のお墓と小さな建物跡、道路跡が見つかりました。キリスト教は江戸時代に禁止されていたため、この遺跡ほど良好な状態で残っているキリシタン墓地は珍しく、大変貴重な遺跡です。
竹田市会々・久住町大字有氏、豊後大野市緒方町寺原
江戸時代に岡藩(現竹田市周辺)の藩主をしていた中川家のお墓です。場所は、岡城城下町の碧雲寺【へきうんじ】、城下町の北にある大船山【たいせんざん】、東にある小富士山の3カ所に分かれています。このうち、碧雲寺は仏教式のお墓ですが、大船山と小富士山の墓は儒教式【じゅきょうしき】のお墓です。
竹田市大字竹田
江戸時代に岡藩主中川家【おかはんしゅなかがわけ】のお城です。標高325mの丘の上に築かれており、周りは川と崖で囲まれています。明治時代の廃藩置県【はいはんちけん】後に建物は壊されましたが、石垣・櫓【やぐら】跡・門跡がよく残っています。
佐伯市弥生町大字上小倉
磨崖石塔【まがいせきとう】とは通常の石塔とは違い、崖や岩に彫り込まれた石塔です。刻まれた文章から、鎌倉時代〜室町時代にかけて、百ヶ日の供養か逆修のために彫られたようです。
竹田市大字戸上
竹田市にある、前方後円墳2基、円墳2基からなる古墳群です。大正時代に調査が行われ、銅鏡が出土したとされます。現在その銅鏡は残っていませんが、銅鏡が出土した古墳として重要です。
宇佐市四日市
この遺跡は、崖に穴をあけてつくられた古墳時代のお墓です。一部の横穴には、赤色で文様を描いた跡がのこっています。遺物はみつかっていませんが、古墳時代の後半に作られたと考えられます。
大分市大字三芳
大分市にある古墳で、いまは形が分かりませんが、方墳だったと考えられています。九州では珍しく、大きな石をくりぬいてつくられたを石室をもっています。古墳時代の終わりごろにつくられたと考えられます。
豊後高田市田染平野2544
豊後高田市にある2体の磨崖仏【まがいぶつ】(崖に彫られた仏像)です。崖から浮き上がるような彫り方が特徴です。国東半島の岩壁は硬いので、このような彫り方がされています。
竹田市大字竹田殿町
幕末を代表する画人である田能村竹田の家とお墓です。竹田の家は小高い丘に建っており、城下町が一望できます。竹田は大阪で亡くなりましたが、遺髪が持ち帰られ、家のそばにお墓が作られました。
大分市里
県内で最も大きい前方後円墳の一つです。この古墳からみつかった埴輪【はにわ】には、貝や船の文様が入っており、海に深い関係がある人物の墓だと考えられます。今は公園になっており、古墳にのぼることができます。隣の資料館では、実物の出土品を見学できます。
国東市国見町中
国東市にある古墳です。古墳内部の石室の壁には、木の葉・船・人物などが刻まれています。古墳の内部から鉄の矢じりや須恵器がみつかっており、6世紀末に作られたと考えられます。
別府市大字北石垣
鬼ノ岩屋古墳群は、九州で多く見られる、石室に文様が描かれています。一方実相寺古墳群からは、近畿地方の特徴を持つ棺がみつかっています。同じ古墳時代の後半に作られた古墳群ですが、それぞれの性格が違うのが特徴です。
豊後大野市清川町臼尾
豊後大野市にある旧石器時代の遺跡です。遺跡からは石でできた槍先や、ナイフ形石器が出土しています。特に石で人をかたどった「こけし形石製品」など、貴重な遺物が見つかっています。旧石器時代の生活を考えるうえでとても重要な遺跡です。
宇佐市大字葛原
宇佐市にある大きな円墳です。明治時代に発掘されており、古墳の中から銅鏡や勾玉、鉄刀、よろいやかぶとの一部がみつかっています。古墳の上には埴輪【はにわ】が立てられていたと考えられます。
臼杵市大字諏訪
臼杵市にある前方後円墳です。この古墳からは、死者を安置する石のひつぎが見つかりました。ひつぎには、鏡や貝のブレスレット、鉄の剣や刀が納められていました。古墳の上にはよろいをかたどった石甲や、埴輪【はにわ】が立てられていました。
日田市大字石井
ガランドヤ1号墳と2号墳があり、2基とも石室の内部に文様が描かれている、装飾古墳とよばれる古墳です。赤と緑を使った〇や△の文様が特徴で、筑後川の近くにはこのような特徴を持つ古墳が多くあります。大分を代表する装飾古墳です。