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大分市森町549 専想寺
画面の真ん中に、阿弥陀如来【あみだにょらい】が蓮華の上にたち、周りに光線がでています。このような絵は、浄土真宗【じょうどしんしゅう】で本尊としてもまつられ、方便法身像とよばれます。
国東市安岐町大字瀬戸田838 実際寺
観音菩薩【かんのんぼさつ】は、さまざまな姿に変身します。33の姿に変身するといいますが、十一面観音は変身した姿の代表的なものです。
さとりを開いた如来【にょらい】の両脇に、将来如来となる菩薩【ぼさつ】が並んだ3体のトリオを三尊像といいます。釈迦如来の両脇には、普賢菩薩【ふげんぼさつ】と文殊菩薩【もんじゅぼさつ】がならびます。
臼杵市大字臼杵1 八坂神社
八坂神社はもともと「祇園社」として、臼杵城の三の丸にありました。社殿は火災により失われていますが、本殿は安永5年(1776)に造られたものが残り、棟札には安永5年6月3日に上棟【むねあげ】したことや、3回の修理の時期が記されています。部材に多彩な彫物をほどこし、装飾性に富む点がこの建物の特徴といえます。
杵築市南杵築 天満社
杵築藩の町役所の日記と町役所に関わる古文書群【こもんじょぐん】です。江戸時代の杵築城下町のできごとや人々のくらしを知ることができる、貴重な文化財です。
宇佐市院内町 個人
小さな仏像です。銅造で、頭から台座の上半分まで1つの鋳型【いがた】でつくられています。仏像が納められている厨子の後側に嘉禎【かてい】4年(1238)という年号が刻まれています。
国東市安岐町両子1548 両子寺
阿弥陀如来は、はるか西の極楽浄土【ごくらくじょうど】に住むといいます。この像は、両手を体の前で組んでいます。この手の形は定印【じょういん】といい、あなたの話を聞きますよ、という意味があります。
杵築市大田石丸1328 地蔵寺
石殿は国東半島一帯のみにあります。屋根の下に、地蔵菩薩等を彫った部分があります。このようなデザインの石造物は、大分県独特のものといえます。この石殿は2基で1セットで、龕【がん】に刻まれている柱は面取り(角をなくす)をするなど、丁寧につくられています。
中津市三光田口3567-1
塔婆【とうば】とは供養のために建てられる石の塔のことです。この角塔婆は高さが約1mあり、塔身の四面には種子【しゅじ】が墨で書かれています。北面に彫られている文字から、鎌倉時代末期につくられたことがわかります。
国東市安岐町朝来
石を板のように薄く長く加工したものを「板碑」とよびます。てっぺんを三角形にし、上の方に横線を刻んだものもあります。この板碑は、碑身【ひしん】の幅が広く、全体にどっしりとしたデザインの板碑です。
豊後高田市臼野
国東半島一帯には、独特のデザインの石塔があります。「宝塔」という石塔をもとにしたもので、「国東塔」と呼ばれます。この国東塔は高さが約2mあり、崖面に面して建っています。台座には蓮花【れんげ】の花と逆さ向きの花びら、その間に丸い縁取りがありますが、崖に面している裏側にはその装飾がありません。
豊後高田市中真玉5560-1 安養寺
国東半島一帯には、独特のデザインの石塔があります。「宝塔」という石塔をもとにしたもので、「国東塔」と呼ばれます。この国東塔は安養寺の参道の入り口にたっていて、高さは約2mあります。相輪の先端部は失われていますが、その他は全体的によく残っています。
豊後高田市香々地3596-1 別宮八幡社
豊後高田市香々地の別宮八幡社【べつぐうはちまんしゃ】の参道にかかる橋です。石造の橋で、アーチが1つです。このような構造の橋は、単アーチ橋とよばれます。橋の脇にある石碑には安政5年(1859)につくられたと記されています。
宇佐市院内町副860-1
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、これが石幢の特徴です。また、屋根は四角形や六角形、円形のものがあり、さまざまなデザインの石幢があります。この石幢は、先端の宝珠【ほうじゅ】など以外は、断面が六角形の石幢です。
豊後大野市清川町天神
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、これが石幢の特徴です。また、屋根は四角形や六角形、円形のものがあり、さまざまなデザインの石幢があります。この石幢は、高さが約3mある大型の石幢です。
宇佐市大字高森字京塚 大分県立歴史博物館
五部大乗経は、華厳経【けごんきょう】、大集経【だいしゅうきょう】、大本涅槃経【だいほんねはんぎょう】、法華経【ほけきょう】、涅槃経【ねはんぎょう】のことです。応永23年(1416)に書写されたもので、大分県では15世紀書写のお経は少なく、大切な「信仰の遺産」です。
玖珠郡九重町松木
石を板のように薄く長く加工したものを「板碑」とよびます。てっぺんの三角形にし、上の方に横線を刻んだものもあります。この板碑は板状の自然の石の表面に、釈迦三尊の種子【しゅじ】や文字が彫られています。そのため室町時代に造られたことがわかります。
臼杵市野津町大字西畑
石を板のように薄く長く加工したものを「板碑」とよびます。てっぺんを三角形にし、上の方に横線を刻んだものもあります。この板碑は高さが約2mあり、額部には大日如来の種子【しゅじ】が、碑身部には阿弥陀如来の種子が刻まれています。彫られている文字から、室町時代に造られたものであることがわかります。