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日田市前津江町大野833 大野老松天満社
日田市前津江町にある神社です。旧本殿は三間社流造【さんけんしゃながれつくり】、屋根は板葺【いたぶき】で、九州では数少ない室町時代の神社建築です。
宇佐市下時枝237
天徳2年(958)に空也上人【くうやしょうにん】が善光寺を開いたと伝えられています。本堂は鎌倉時代の建築様式を伝える建造物で貴重なものです。
国東市国東町横手1913 泉福寺
仏殿【ぶつでん】とは本尊を安置し礼拝する建物です。泉福寺仏殿は、室町時代に建てられたと考えられます。後の時代に修理されていますが、曹洞宗【そうとうしゅう】寺院の仏殿としては日本最古のもので、九州では唯一の事例です。
国東町鴨川 桜八幡神
檜原山【ひばるさん】中腹の傾斜地にそびえる巨木です。20株程度に株が分かれたカツラの大樹です。このカツラは、檜原山で修行した行者が、大和(今の奈良県)の山から持ってきて植えたものといわれています。
国東市国東町大恩寺2432番地 文殊仙寺
国東市文殊仙寺に伝わる、江戸時代の絵図です。文殊仙寺とその周りの景観も見事に描いています。
竹田市大字竹田2083番地 竹田市歴史文化館・由学館
岡藩主中川久教が三宅山の鹿狩を行った時の行列を描いた絵巻です。すべての巻物の長さを合わせると270mにもおよびます。岡藩の家臣の様子が分かる資料です。
大分市上野丘西23-19 円寿寺
室町時代から江戸時代にかけて、厩【うまや】につながれた馬を描いた屏風が多く描かれました。この屏風は、春と秋を描いた2隻【そう】でセットになっています。馬のたてがみやしっぽが丁寧に描かれている作品です。
社殿の東西及び北西向きの傾斜地【けいしゃち】に、クヌギのように落葉しない、常緑樹【じょうりょくじゅ】であるブナ科のコジイ、スダジイが群生しています。原生林に近い状態を見ることができる場所としても貴重です。
大分市高島
ビロウはヤシ科の常緑高木で、樹木のすがたや葉の形などはシュロによく似ていますが、シュロよりははるかに大きく、高さも20m近くになります。九州西海岸では、福岡県の沖ノ島、また東海岸では、鹿児島・宮崎両県の海岸や島及び本県の沖黒島、竹野浦と高島に分布しています。
ウミネコは、例年例年2月末〜3月にかけて高島に飛来します。 毎年同じ場所に巣をつくります。2〜3個の卵を産み、6月上旬にふ化し、8月上旬には島からはなれて飛たちます。現在、4000〜4500羽の成鳥が確認されています。
日田市大字夜明3256
行徳家住宅は江戸時代の終わりごろに建てられた、地域の有力者である庄屋の家屋です。行徳家は代々医者の家で、西側には山の景色を取り入れた見事な庭園もあります。
豊後高田市呉崎1646 興隆寺
江戸時代後半、遠浅であった宇佐市や豊後高田市の海岸では、新田開発がすすみました。この記録は、豊後高田市に開かれた呉崎新田のうつりかわりがわかる記録です。
竹田市会々2029 碧雲寺
竹田市碧雲寺に伝わる岡藩主中川家の歴代肖像画です。藩主一人ひとりの特徴がうまく表現されています。
柿本人麻呂【かきのもとのひとまろ】は平安時代に生きた和歌の名人です。鎌倉時代になると、和歌の上達を願って人麻呂の肖像画をまつるようになりました。その時に用いられたものだと考えられます。
国東市国東町横手8378 神宮寺
かつて、わが国では神と仏は一体という神仏習合【しんぶつしゅうごう】の考えがありました。そのなかで、神体【しんたい】である鏡や鏡のようにした板に、神と一体である仏の姿を立体的にして貼り付けたものを懸仏といいます。
大分市牧緑町1-61 大分県立埋蔵文化財センター
玖珠郡玖珠町大字四日市にある四日市遺跡から出土した、平安時代の木棺墓(2基)出土品です。青磁唾壺【だこ】や隅入方鏡【すみいりほうきょう】など、中国製の貴重なものが供えられており、この墓に埋葬された人は、太宰府(福岡県)と関わりの深い人であったと考えられます。
大分市田室町にある東田室遺跡で検出された、古墳時代の竪穴【たてあな】建物跡から出土しました。表面に三角形、四角形、横線、縦線のほかに、龍の鰭【ひれ】のような文様が書かれています。
玖珠郡玖珠町大字岩室
宝篋印塔【ほうきょういんとう】は仏塔の一種で、室町時代の応安7年(1374)の年号が記されています。年号が記され、全ての石材もそろっており、玖珠地方の宝篋印塔として貴重な資料です。