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国東市国東町田深429-1 千光寺
一木造【いちぼくづくり】の像です。地蔵菩薩【じぞうぼさつ】は、死後に苦しむ世界にいる人に代わって、苦しみをうけてくれる仏として信仰されました。菩薩のグループにいますが、お坊さんのような姿で表現されます。
臼杵市吉小野4296番地 臼杵市文化財管理センター
臼杵藩主の稲葉氏は、美濃国【みののくに】(現在の岐阜県)の出身です。この古文書群の中心は、美濃国にいた頃の稲葉氏に関わるもので、戦国の動乱の中での武士の姿を伝える古文書群です。
由布市湯布院町川北515
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、これが石幢の特徴です。また、屋根は四角形や六角形、円形のものがあり、さまざまなデザインの石幢があります。この石幢は高さが約1.6mあり、龕部【がんぶ】には六地蔵が彫られています。竿【さお】の六面には文字が彫られています。
宇佐市
宇佐市木内236 妙楽寺
宇佐市妙楽寺【みょうらくじ】に伝わる6躯の木造仏が指定を受けています。本尊の阿弥陀如来坐像は12世紀後半につくられたものと考えられます。
大分県玖珠郡玖珠町大字森868 豊後森藩資料館
江戸時代後期に、森藩(いまの玖珠町周辺にあった藩)の家臣だった柴田寿山が、藩の記録を抜粋して書き写したものです。原本の記録は失われてしまいましたが、この記録があるおかげで、江戸時代の森藩の出来事などがよくわかります。
国東市国東町大恩寺2431 文殊仙寺
鰐口【わにぐち】とは、お寺や神社につりさげて打ち鳴らす道具です。この鰐口は直径約31㎝ととても大きいものです。銘文【めいぶん】から、大友氏15代の親繁らによって、康正2年(1456)に姫島庄観音寺に奉納されたことが分かります。
別府市上人ヶ浜町 別府市美術館
これは古墳時代につくられた、馬のための装飾品【そうしょくひん】です。銅の板に金めっきをして、透かし彫りで唐草文様を施しています。当時の金属工芸技術の高さを物語っています。別府市の太郎塚古墳から出土したと伝えられるものです。
大分市高松東
宇佐市大字高森字京塚 大分県立歴史博物館
行平は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した、豊後国随一の名工です。刀に彫刻を入れるのが特徴で、この太刀にも竜王の彫刻があります。
銘文【めいぶん】から、豊前で活躍した刀工、了戒【りょうかい】派の刀工の作品とみられます。刀も大変美しいものですが、裏面に所有者の名前の銘があり、歴史資料としての価値も高いものです。
豊前信国派の名工である、信国吉定【のぶくによしさだ】の作品です。室町中~後期の作とみられます。信国派本来の作風が表された作品です。
大分市上野丘2ー8ー27 金剛宝戒寺
大分市金剛宝戒寺に伝わる鎌倉時代の仏像です。徳治2年(1307)に西大寺【さいだいじ】の僧興尊【そうこうそん】を招き、寺院を再興した際に造られたものと考えられます。
国東市安岐町朝来594-1 護聖寺
石殿は国東半島一帯のみにあります。屋根の下に、地蔵菩薩等を彫った部分があります。このようなデザインの石造物は、日本の中でも大分県独特のものといえます。この石殿は高さが2.2mほどあり、屋根の造りがとても細かくつくられています。
国東市安岐町油留木
石殿は国東半島一帯のみにあります。屋根の下に、地蔵菩薩等を彫った部分があります。このようなデザインの石造物は、日本の中でも大分県独特のものといえます。この石殿は高さが2.5mほどあります。龕部【がんぶ】にはお地蔵様や如来様が彫られています。
玖珠郡九重町野上
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、これが石幢【せきどう】の特徴です。また、屋根は四角形や六角形、円形のものがあり、さまざまなデザインの石幢があります。この石幢は高さが1.7mほどあり、笠や龕部【がんぶ】、竿【さお】などが六角形をした石幢です。竿に彫られた文章から室町時代につくられたことが分かります。
臼杵市野津町大字亀甲
五輪塔とは、5つのパーツにわかれる塔です。それぞれのパーツは、四角形・丸・三角形など、いろいろな形をしています。この五輪塔は高さが2mを超える大きいものです。水輪には大きく種子【しゅじ】が彫られています。この地域では妊婦の安産祈願として信仰されています。