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臼杵市臼杵91
時期は諸説ありますが戦国大名大友義鎮【おおともよししげ】が築城し、江戸時代には臼杵藩藩主の居城として利用されました。現在は埋め立てられて陸続きですが、臼杵湾内の小島丹生島にあった城でした。卯寅口門脇櫓【うとのぐちもんわきやぐら】・畳櫓・空堀・石垣等が残存しています。
国東市国東町東堅来
石を板のように薄く加工したものを「板碑」とよびます。てっぺんが三角形で、仏をあらわす種子【しゅじ】が刻まれたり、墨で書かれています。この板碑は、高さ3.38mの巨大な板碑です。父親の供養のため、元亨2年(1322)に建てられましたものです。供養の日に間に合わせるためでしょうか、横からみると、背面がまだ未完成です。
日田市田島
大原八幡宮で4月15日に執行される行事です。古来行われていた田植えの様子を再現したものです。
中津市耶馬渓町大字中畑
4月第2日曜日に桧原山正平寺【ひばるさんしょうへいじ】で行われる神仏習合【しんぶつしゅうごう】の祭です。福岡県にある英彦山【ひこさん】の修験道【しゅげんどう】と関わりのある祭です。
国東市国東町川原
石を板のように薄く加工したものを「板碑」とよびます。てっぺんが三角形で、仏をあらわす種子【しゅじ】が刻まれたり、墨で書かれています。国東市国東町の川原地区には、2つの板碑があります。いずれも、つくられた年号があり、石造物の歴史を知るうえで基準となるものです。
大分市荷揚町1201
現在の大分市付近を治めていた府内藩の城です。慶長2年(1597)に築城が始まり慶長7年に本丸・二の丸・三ノ丸が完成しました。現在は、天守台・石垣ほか、江戸時代中の災害後に再建された宗門櫓・人質櫓(県指定)等が残っています。
玖珠郡九重町町田
小倉神社の秋祭りの10月11日と10月13日に奉納される杖楽です。江戸時代から奉納されていたという記録があります。
玖珠郡九重町松木
宝八幡宮の秋季大祭(10月7〜10日)に奉納される宇戸流杖楽です。江戸時代から奉納されていたことが知られています。
豊後大野市緒方町上畑
健男霜凝日子麓社【たけおしもこりひこふもとしゃ】の秋祭に奉納する獅子舞【ししまい】です。現在、1年おきに9月15日に実施しています。
竹田市次倉
宮砥八幡社【みやどはちまんしゃ】で、1月1日などに奉納される岩戸神楽です。江戸時代の記録に見られる演目が、現在でも古い形で伝わる神楽と考えられています。
国東市安岐町朝来583 護聖寺
日田市豆田
この刀は、長さが76.2cmあり、銘文【えみぶん】に「安綱」と刀を作った人の名前が刻まれています。廣瀬家6代目久兵衛(廣瀬淡窓の弟)が、府内藩内の開発治水で功績をあげた際に拝領した刀と伝わります。
佐伯市蒲江大字西野浦
早吸日女神社【はやすひめじんじゃ】の7月29日の大祭で、神幸【神幸】が行われる年にのみ奉納されます。神輿【みこし】3基にそれぞれの八人太鼓【たいこ】組がつき、太鼓をうちます。
豊後高田市大字美和 地区
94枚の薄い石に、極楽浄土への往生【おうじょう】をテーマにした図像を線彫りしています。六地蔵に至徳2年(1385)、阿弥陀来迎図【あみだらいごうず】に明徳2年(1391)、願文【がんもん】を刻んだ石に明徳4年(1393)の年号が刻まれています。こうした年号から完成に10年以上かかったことがわかります。
豊後大野市三重町松尾
10月17日の城山神社の祭りに奉納する浅草流岩戸神楽です。浅草流は、浅草八幡社(豊後大野市大野町)が伝えてきた神楽で、江戸時代の古文書には、上津宮など4社の神楽が同流であると記しています。
国東市国東町大字浜崎
不動院跡と言われる場所に、高さ220cm程の石を中心に7基の一石五輪塔【いっせきごりんとう】があります。他の五輪塔と異なり、のっぺりとした外観をしています。平安時代末に作られた、臼杵市中尾の五輪塔(国指定重要文化財)に似ていることから、「祖形」といわれるになったようです。
玖珠郡玖珠町大字山下
大御神社【おおみじんじゃ】の秋祭り(9月18日)に奉納される杖楽・河童楽【かっぱがく】です。日田市の磐戸楽【いわとがく】が玖珠町山下に伝わったといわれています。
佐伯市蒲江大字丸市尾浦
富尾神社の4月5日と11月20日の大祭に奉納される日向系岩戸神楽です。富尾神社神主が、江戸時代に日向国(宮崎県)から伝授されたと伝わっています。