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豊後高田市佐野
カワラガマ遺跡は、奈良時代〜平安時代(8世紀末〜9世紀前半)にかけて瓦を生産していた窯跡【かまあと】です。豊後高田市の伝薬王寺跡や宇佐弥勒寺跡で出土した瓦と同じ文様の瓦があることから、近隣の寺院や宇佐の古代寺院で使用する瓦を作っていたことがわかります。
玖珠郡玖珠町大字古後
野平のミツガシワ自生地は、周辺の湿地植物とともに西日本の潜在する湿地植物社会のモデルとなる貴重な自生地です。
東国東郡姫島村ス鼻岬
大分県では姫島のみで確認されている鉱物です。姫島の西側、ス鼻沖の海底などで発見されました。藍鉄鉱は鉄のリン酸塩鉱物で、球形のものや動物の骨の形など、さまざまな形状のものがみつかっています。
臼杵市深田
特別史跡・国宝の臼杵磨崖仏【うすきまがいぶつ】のうち、山王山石仏【さんのうさんせきぶつ】がある丘陵の上に広がります。この境内林は、イチイガシをまじえたコジイを中心とする林です。この地域の貴重な自然林です。
佐伯市大字狩生
狩生新鍾乳洞は昭和34年に発見された鍾乳洞です。狩生駅より2km北西、王子神社の西方にあたり、鶴見岳の中腹にある数10mの断崖の中ほどにあるため、自由に見ることはできません。
中津市大字大貞 薦神社
三角池は薦神社【こもじんじゃ】境内にある池で、御澄池ともいわれます。池そのものがご神体です。水深1〜1.5m。多くの水生植物や湿地植物が多く自生しています。
佐伯市城山
「オオイタサンショウウオ」は大分県・熊本県・宮崎県に生息する日本固有種で、佐伯市で発見された個体から新種と認定されました。以前は城山の雌池、雄池、三の丸の池などに多くの産卵が確認されていましたが、環境変化により個体数も減少しています。
竹田市久住町久住
ツクシボダイジュは、くじゅう火山群一帯にのみ自生する珍しい樹木です。樹高約20m、胸高直径約1mで、県内ではこれまで確認されているものの中では最大です。
佐伯市米水津大字浦代浦
急斜面にウバメガシ林で、ノシランやハドノキなどの暖かい地域に自生する植物を含んでいます。
ビャクシンは、イチョウやソテツと同じ雌雄異株【しゆういしゅ】の木です。まれに雌株と雄株に分かれず1つの株のものもあります。横島のビャクシンはシャリンバイ、トベラなどの低木とともに岩の露出する東岸の絶壁【ぜっぺき】に生育します。
宇佐市山本
虚空蔵寺1号瓦窯跡は、飛鳥時代に瓦をつくっていた窯です。瓦の文様から隣接する虚空蔵寺跡で使用した瓦を作っていたと考えられます。
大分市常行
毛利空桑は、江戸時代から明治時代の学者・教育者で、私塾「知新館」(のち知来館)を開きました。空桑の墓碑には「日本国儒者毛利到墓」と記されており、隣には夫人の墓があります。
日田市花月
日田から中津へ向かう道で、交通の難所であった石坂の地に、江戸時代につくられた全長1260mの石畳道です。傾斜【けいしゃ】をゆるやかにするためにたくさんのカーブを作っています。
中津市三光土田・臼木
江戸時代に完成した通水路で、地域の農地に水を供給してきました。使われなくなった間歩と露天堀の部分1kmが史跡に指定されています。
中津市大字福島
犬丸川【いぬまるがわ】の中流にある縄文時代の遺跡です。石で組んだ炉【ろ】のある竪穴住居跡【たてあなじゅうきょあと】から縄文土器や石器が出土しています。
中津市大字大貞
薦神社は、応神天皇・比咩大神・神功皇后をまつっている神社です。神社の内宮が三角池です。
大分市今市
豊後鶴崎(大分市鶴崎)と肥後熊本(熊本市)を結ぶ道のうち、大分市今市にある石畳の道です。切石の石畳が幅2.1m、長さ約660mにわたって続いています。
大分市鶴崎
毛利空桑(1797〜1884)は、江戸時代から明治時代にかけて活躍した教育者です。安政4年(1857)に現在の場所に居宅と塾を移した際に、居宅を「天勝堂【てんしょうどう】」、私塾を「知来館【ちらいかん】」と名付けました。その建物が現在も残っています。