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佐伯市大字狩生
狩生新鍾乳洞は昭和34年に発見された鍾乳洞です。狩生駅より2km北西、王子神社の西方にあたり、鶴見岳の中腹にある数10mの断崖の中ほどにあるため、自由に見ることはできません。
中津市大字大貞 薦神社
三角池は薦神社【こもじんじゃ】境内にある池で、御澄池ともいわれます。池そのものがご神体です。水深1〜1.5m。多くの水生植物や湿地植物が多く自生しています。
佐伯市城山
「オオイタサンショウウオ」は大分県・熊本県・宮崎県に生息する日本固有種で、佐伯市で発見された個体から新種と認定されました。以前は城山の雌池、雄池、三の丸の池などに多くの産卵が確認されていましたが、環境変化により個体数も減少しています。
竹田市久住町久住
ツクシボダイジュは、くじゅう火山群一帯にのみ自生する珍しい樹木です。樹高約20m、胸高直径約1mで、県内ではこれまで確認されているものの中では最大です。
佐伯市米水津大字浦代浦
急斜面にウバメガシ林で、ノシランやハドノキなどの暖かい地域に自生する植物を含んでいます。
杵築市山香町大字山浦
塔婆とは供養のために建てられる石の塔のことです。この角塔婆は14世紀につくられたもので、銘文から建立された経緯や誰が建てたのか分かる貴重な資料です。
ビャクシンは、イチョウやソテツと同じ雌雄異株【しゆういしゅ】の木です。まれに雌株と雄株に分かれず1つの株のものもあります。横島のビャクシンはシャリンバイ、トベラなどの低木とともに岩の露出する東岸の絶壁【ぜっぺき】に生育します。
豊後高田市是永町1番地1
若宮八幡神社には、江戸時代に島原藩領となった時に造営された本殿・申殿【もうしでん】・唐門・西門が残されています。本殿は、素朴な彫物やすべてケヤキ材を使用しているなど、建築時の建物の特色を見ることができます。
速見郡日出町字二ノ丸2602番1
日出城本丸の北東隅に位置する2階建ての櫓です。禍【わざわい】が入るとされる北東の鬼門に位置するとともに、櫓の北東隅を欠く特異な構造となっています。
杵築市杵築207
江戸時代の終わり頃に杵築藩の重職にあった大原家が居住した屋敷です。主屋【おもや】は杵築藩上級武家の住宅建築を伝える建物として貴重なものです。長屋門も大型の長屋門として貴重な建物です。
豊後大野市三重町久田
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があります。屋根は四角形や六角形、円形のものと、さまざまなデザインがあります。この石幢は、四角形の屋根の下に仏さまを刻んだ龕部【がんぶ】が確認できないものです。
豊後大野市三重町秋葉
石幢は、神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、屋根は四角形や六角形、円形のものと、さまざまなデザインがあります。この石幢は、笠や竿が四角形のタイプです。笠が丸いものが多い、現在の豊後大野市三重町一帯では、珍しいデザインです。
由布市庄内町西長宝842 蓮城寺
蓮乗寺の境内に並んだ2基の宝塔です。元々大字五ヶ瀬の安養寺跡にあったものを、今の場所に移築しました。年号等は書かれていませんが、向かって右の塔の銘文に書かれた名前と、塔の形から、応安(1368年〜1375年)に造立されたようです。
宇佐市山本
虚空蔵寺1号瓦窯跡は、飛鳥時代に瓦をつくっていた窯です。瓦の文様から隣接する虚空蔵寺跡で使用した瓦を作っていたと考えられます。
大分市常行
毛利空桑は、江戸時代から明治時代の学者・教育者で、私塾「知新館」(のち知来館)を開きました。空桑の墓碑には「日本国儒者毛利到墓」と記されており、隣には夫人の墓があります。
日田市花月
日田から中津へ向かう道で、交通の難所であった石坂の地に、江戸時代につくられた全長1260mの石畳道です。傾斜【けいしゃ】をゆるやかにするためにたくさんのカーブを作っています。
中津市三光土田・臼木
江戸時代に完成した通水路で、地域の農地に水を供給してきました。使われなくなった間歩と露天堀の部分1kmが史跡に指定されています。
中津市大字福島
犬丸川【いぬまるがわ】の中流にある縄文時代の遺跡です。石で組んだ炉【ろ】のある竪穴住居跡【たてあなじゅうきょあと】から縄文土器や石器が出土しています。