ホーム » 検索結果
国東市国東町富来浦
国東市にある古墳です。今は円墳の形をしていますが、かつては前方部が付いていたとみられます。内部には、二重構造になっている特殊な石のひつぎが置かれていました。
大分市大字荷尾杵1161
江戸時代の終わり頃に建築されたとみられる大分市最古の茅葺寄棟造【かやぶきよせむねづくり】の民家です。また、大分県の代表的な直家【すごや】(上から見た形が長方形の平面をしている民家)です。
宇佐市大字下高
土器と聞くと、縄文時代や弥生時代のイメージがありますが、のちの時代までずっと人々のくらしの中で使われてきました。この古文書群【こもんじょぐん】は、宇佐神宮で使われた土器をつくる人々のトップであった土器長【どきちょう】の家に伝わったものです。
大分市八幡987 柞原八幡宮
紺色の紙に金泥で書かれた文字の、きれいなお経です。かつては、神と仏が一体と考えられていました。神仏習合【しんぶつしゅうごう】です。そのため、お宮にお経が伝わっています。お経の終わりに、文和4年(1355)に柞原八幡宮に納められたと記されています。
国東市安岐町富清2507-1 国東市三浦梅園資料館
三浦梅園【みうらばいえん】は大分県で有名な哲学者ですが、その知識は哲学だけでなく、人間のことから宇宙のことまでおよんでいました。遺稿は、江戸時代の「哲人」の足跡を伝えるもので、人々のくらしから宇宙のことまで、さまざまなことを追究した記録です。
縁起は、ものごとの由来・歴史を意味する言葉です。この絵巻は、八幡神【はちまんしん】の歴史そして柞原八幡宮の歴史を絵と詞【ことば】でまとめたものです。
杵築市本庄
杵築市にある円墳です。内部には巨石を使った、大きな横穴式石室があります。明治時代に発掘されており、勾玉【まがたま】や金色のイヤリングがみつかっています。
臼杵市野津町老松
宇佐市大字南宇佐2077 大楽寺
武器のようです。密教【みっきょう】で使われる法具【ほうぐ】のひとつです。武器のようですと書きましたが、もともと古代インドの武器でした。真ん中に持つ所があり、両側にとがった部分があるものを金剛杵【こんごうしょ】といい、五鈷杵はその一種です。
佐伯市大字狩生
洞内にはキクガシラコウモリ、ヤスデ、トビムシ、ゴミムシなどの動物が生息しています。そのうちカリウオニアリヅカムシ、ノムラメクラチビゴミムシなどはこの鍾乳洞で発見された新種です。
宇佐市大字高森字京塚 大分県立歴史博物館
宇佐神宮の建物工事や儀式などのとりまとめをした家に伝わった古文書群【こもんじょぐん】です。いにしえの宇佐神宮の工事や儀式のこと、宇佐神宮の歴史と文化を知る上で、大切な「歴史の証人」です。
大分市大字松岡
大分市に所在する古墳群です。円墳・方墳・前方後円墳など様々な形の古墳がみられます。古墳の変遷を考えるうえで重要な遺跡です。
日田市大字小野
阿蘇4火砕流【かさいりゅう】は、約9万年前に発生した阿蘇火山最大の噴火の際に流れ出た火砕流で、北部九州に大きなダメージを与えました。小野川沿いでは、この火砕流でなぎ倒された樹木群が大量に発見されています。
杵築市大田永松
杵築市の永松天満宮でまつられていた懸仏です。神仏習合【しんぶつしゅうごう】の考え方を基に、神の本当の姿である仏を銅板にとりつけて、まつられていたものです。
佐伯市大手町1-2-25 佐伯市歴史資料館
鰐口【わにぐち】とは、お寺や神社につりさげて打ち鳴らす道具です。銘文から、当時の有力者であった佐伯惟直が奉納したことが分かります。室町時代、常楽寺は佐伯氏の信仰を受けていたようです。
中津市1290番地 中津市歴史博物館
中津市山国町の新宮権現社に伝わっていた15面の懸仏です。室町時代につくられました。神仏習合の考え方にもとづいてつくられたもので、神の本当の姿である仏を銅板に貼りつけて、まつっていました。
豊後大野市朝地町鳥田1355 神角寺
神角寺の現在の本堂は、今からおよそ650年前に建てられたものが、度重なる修理を経て残されている建築物です。建物の一部の形状には鎌倉時代に禅宗とともに宋から伝えられた寺院建築様式の一つである禅宗様を残すといわれています。
中津市山国町大字守実120
江戸時代の終わりごろに建築された住宅で、建築年代がはっきりしている民家としては九州最古の木造住宅です。山国川上流域に多く見られた屋根の面と面とが交わる棟が折れ曲がった形と深くおろした茅葺【かやぶき】屋根が特色です。