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宇佐市南宇佐2859 宇佐神宮
八幡神【はちまんしん】が最初に神輿に乗ったといわれています。写真の神輿は、豊前国【ぶぜんのくに】の守護大内氏が制作したものです。宇佐神宮には、八幡神・比売神【ひめがみ】・神功皇后【じんぐうこうごう】がまつられていますので、神輿も3基あります。
宇佐市
かんがい(漢字で書くと灌漑)は、水田などの耕地に水を供給することです。かんがい施設には、川をせきとめる堰【せき】や水路、ため池などがあります。 宇佐市を流れる駅館川【やっかんがわ】の西側の平野をうるおす平田井路、東側の台地上の水田をうるおす広瀬井路の2つが登録認定されました。
豊後高田市田染蕗2395 富貴寺
石でできた地蔵菩薩です。裏側に応安元年の年号と制作を依頼した王盛久【おうもりひさ】の名前が刻まれています。つくられた年がわかり、仏像の歴史を知るモノサシとなる資料です。
国東市国東町横手1913 泉福寺
室町時代はじめに建てられたお寺の姿を伝えるところです。泉福寺は、永和元年(1375)に創建された曹洞宗【そうとうしゅう】の寺院です。石段をのぼると山門、そして仏殿【ぶつでん】や開山堂【かいざんどう】などがあり、むかしの寺院の風景をうがかうことができます。
正法眼蔵は、日本で曹洞宗【そうとうしゅう】をひらいた道元【どうげん】(1200〜53)の著書です。道元が、これは大事、と考えた禅問答などをとりあげ、自分の考えをいれながら、まとめた本です。正法眼蔵抄は、お弟子さんたちが書いた解説書のひとつです。
日田市大字小迫字吹上原
弥生時代の集落やお墓の遺跡です。お墓からは、青銅や鉄でできた武器、沖縄の貝のブレスレットをつけた人が見つかっています。当時の日田には、外のムラと交流し、きれいなものをたくさんもらっていた指導者がいたことがわかります。
香炉【こうろ】をのせる鉄の台とみられます。浮き彫りの銘文【めいぶん】から、永正3年(1506)につくられ、泉福寺に納められたことがわかります。いつ、つくられたかがわかり、大分県の金属工芸の歴史を知る「ものさし」となる作です。
中津市1290番地 中津市歴史博物館
縁起とは、物事の由来を意味します。この絵は、薦神社の歴史を絵で表現したものです。3つの掛軸【かけじく】で1セットです。なお、写真は第1幅【ふく】から第3幅の順です。
中国のお坊さん・宏智正覚【わんししょうがく】(1091?〜1157)の「言葉の花束」です。日本で曹洞宗【そうとうしゅう】をひらいた道元【どうげん】(1200〜53)にとって、大切な書物でした。
宇佐市大字下時枝237 善光寺
宇佐市の善光寺は、長野県の善光寺、山梨県の善光寺ととも日本三善光寺のひとつとされています。この像は、善光寺式阿弥陀【ぜんこうじしきあみだ】とよばれるデザイで、インドにあらわれて阿弥陀如来の姿を写し、韓国を経由して、日本に伝わってとおます。鎌倉時代に大流行しました。
中津市1290 中津市歴史博物館
江戸時代の中津の城下町【じょうかまち】のことがわかる記録です。町のいろいろなことを、町の人が集まって相談する場所として、会所【かいしょ】がありました。これらの記録は、町会所で作成された記録です。
中津市大字相原字山首
古墳から火葬への、お墓の変化が分かる遺跡です。現在は公園になっており、再現されたお墓を見ることが出来ます。
日田市豆田町
「草野家住宅」は、日田市豆田町にある大分県内最古の商家建築です。また、度重なる火災のため、防火のために柱を土や漆喰【しっくい】で塗った「居蔵造【いぐらづくり】」の形式を伝える大型の商家建築として重要です。
国東市安岐町両子1548 両子寺
国東半島に広がる天台宗の寺院群を六郷山【ろくごうさん】といいます。両子寺は、六郷山の3つのグループのひとつ末山【すえやま】に属しました。両子寺は、円形の国東半島の中心にあたる両子山【ふたごさん】(標高720.6m)にあります。江戸時代は、杵築藩主・松平氏【まつだいらし】の祈願所【きがんしょ】でした。
大船山の山稜および西側山腹一帯にわたり、標高ほぼ1,000メートル以上にひろく分布します。ミヤマキリシマは九州特有の植物です。5月から6月に一斉に開花し、山頂一帯に広がる姿はとても美しく、県内外から多くの登山客が訪れます。
豊後大野市千歳町長峰
豊後大野市千歳町にある仏像です。ちょっと怖い顔をしていますが、崖【がけ】を大まかに掘った後、粘土や漆喰【しっくい】で顔や衣を表現するという珍しいつくり方をしているので、このような見た目になっています。
中津市新魚町1903 自性寺
中津市自性寺に残る、池大雅【いけのたいが】の書画です。彼は江戸時代に活躍し、すぐれた書画をたくさん残しました。彼が自性寺を訪れたときの作品が、今も残されており、展示されています。
竹田市大字飛田川・挾田・竹田
阿蘇火山は、約30万年前から、約9万年前の間に高熱の岩石や破片が斜面を流れ下る現象である火砕流【かいさりゅう】を主とする4回の大噴火を起こしました。竹田市では、火山活動の大きさを物語る火砕流堆積物【かさいりゅうたいせきぶつ】全てが観察できます。