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中津市本耶馬渓町西谷
地蔵菩薩【じぞうぼさつ】は、死後に苦しむ世界にいる人に代わって、苦しみをうけてくれる仏として信仰されました。菩薩のグループにいますが、お坊さんのような姿で表現されます。この像には、延文6年(1361)の年号が記され、制作年代がわかる貴重な像です。
大分市大字木佐上
大分市木佐上でまつられている地蔵菩薩像です。室町時代の作品と考えられますが、衣などには鎌倉時代のような写実的な表現がみられます。
豊後高田市長岩屋1152-1 天念寺
天念寺【てんねんじ】は、国東半島独特のおまつりの修正鬼会【しゅじょうおにえ】が開催されるお寺です。仏教では、1人の如来に2人の菩薩でトリオになりますが、この2体の仏像は、薬師如来をトリオを組む、日光菩薩・月光菩薩と伝えられてきました。
大分市八幡987 柞原八幡宮
明王は、どのような人でも仏教に導こうとする存在です。そのため、怖い表情をしています。不動明王は、特に有名です。この像は、柞原八幡宮に伝わった仏像のひとつで、神と仏はひとつという神仏習合【しんぶつしゅうごう】の考えを伝えています。
柞原八幡宮に伝わった仏像のひとつです。一木造【いちぼくづくり】の像で、全体にいたみがあります。もとの姿がわかりにくいですが、すわった姿の像(坐像)であったとみられます。仏と神がひとつという神仏習合【しんぶつしゅうごう】の様子を伝える像です。
髪の毛を結い上げて、手を膝の上で重ねています。定印【じょういん】という手のかたちです。菩薩【ぼさつ】のような姿ですが、どの菩薩かはっきりとしません。仏像には、仏の名前が特定しづらい場合があります。この像も、そうした像のひとつです。
国東市国東町横手1913 泉福寺
人の姿をリアルに表現しようとした像です。このお坊さんは、無著妙融(1333〜93)です。曹洞宗【そうとうしゅう】のお坊さんで、国東市の泉福寺【せんぷくじ】の初代住職です。
宇佐市南宇佐2176 極楽寺
高さ2.8mの大きな仏像です。室町時代につくられました。宇佐神宮・弥勒寺に関係する仏像として重要です。
国東市国東町岩戸寺1222 岩戸寺
岩戸寺【いわとじ】の奥ノ院【おくのいん】に安置されている薬師如来で、おだやかな姿をしています。今は木の素地【そじ】があらわれています。
日出町大字藤原字下免 願成就寺
日出町の願成就寺に伝わる3体の仏像です。残りがよく、衣や体の表現から平安時代につくられたと考えられます。
日田市田島
日田市にある、直径35mほどの大きな円墳です。古墳の上には埴輪【はにわ】が並べられていたようです。日田地域の首長の墓と考えられます。
日田市大山町西大山5364 烏宿神社
鰐口【わにぐち】とは、お寺や神社につりさげて打ち鳴らす道具です。銘文【めいぶん】から、室町時代に、文奥という人物が奉納し、さらに大蔵永家という武士が改めて奉納したことがわかります。
由布市挟間町朴木・内成・詰、別府市東山
由布川上流部にある長さ数㎞の峡谷【けいこく】で、谷底までは約30mの絶壁となっています。多数の円形状の穴(甌穴【おうけつ】群)が連続している様子や滝が美しい景観をつくっています。
日田市大字友田2893-44 日田市埋蔵文化財センター
弥生時代にお祭りのために使っていた矛(鉾)【ほこ】(鉾)です。福岡県から日田市の神社に納められたと伝わっています。
豊後大野市朝地町大字上尾塚
明治時代につくられた、大野川を舟で下るための水路です。車も汽車もない時代では、舟は大事な交通手段でした。大野川は滝が多く、舟で渡るのが大変な川でしたが、滝をよけるように舟路が造られ、竹田から犬飼まで舟で行けるようになりました。
国東市国東町大恩寺
国東半島に広がる天台宗の寺院群を六郷山【ろくごうさん】といいます。文殊仙寺は、六郷山の3つのグループのひとつ末山【すえやま】に属しました。役行者【えんのぎょうじゃ】の開基とも伝えられ、古くから修行の場としてあったと考えられます。
杵築市大田永松 田原若宮八幡社
国東半島一帯には、独特のデザインの石塔があります。「宝塔」という石塔をもとにしたもので、「国東塔」とよばれます。この国東塔は簡単に表現した部分があること、全体のデザインから、鎌倉時代〜室町時代初期に作られたとみられます。
豊後高田市加礼川
国東半島に広がる天台宗の寺院群を六郷山【ろくごうさん】といいます。長安寺は、六郷山の3つのグループのひとつ中山【なかやま】に属しました。長安寺は屋山の中腹にある寺院で、中世以前は惣山【そうざん】屋山寺と呼ばれる六郷山の中心寺院でした。現地には、本堂や講堂の跡が残っています。