こんごうさんちょうあんじ
金剛山長安寺
豊後高田市加礼川
こんごうさんちょうあんじ
金剛山長安寺
豊後高田市加礼川
国東半島に広がる天台宗の寺院群を六郷山【ろくごうさん】といいます。長安寺は、六郷山の3つのグループのひとつ中山【なかやま】に属しました。長安寺は屋山の中復にある寺院で、中世以前は惣山【そうざん】屋山寺と呼ばれる六郷山の中心寺院でした。現地には、本堂や講堂の跡が残っています。
六郷山(ろくごうさん)
国東半島に分布する天台宗のお寺のグループ名です。六郷山の「六郷」は、古代の国東半島に6つの「郷」(行政単位)がおかれたことに由来し、国東半島全体という意味があります。
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六郷山【ろくごうさん】
六郷山(ろくごうさん)
国東半島に分布する天台宗のお寺のグループ名です。六郷山の「六郷」は、古代の国東半島に6つの「郷」(行政単位)がおかれたことに由来し、国東半島全体という意味があります。
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銘文【めいぶん】
銘文(めいぶん)
石塔や仏像の内部、工芸品などに記された、年号や制作者の名前、その文化財をつくる理由や願いを記した文章(願文【がんもん】)などをいいます。
もっとくわしく
長安寺は、屋山の中復にある寺院で、中世以前は惣山屋山寺と呼ばれ、六郷山の中心寺院でした。
平安時代後半に制作された太郎天像及び二童子像や銅板法華経(いずれも国指定重要文化財)などがあり、これらは銘文【めいぶん】から宇佐神宮が制作に関わったことがわかります。ここから、六郷山は宇佐神宮にあった弥勒寺の僧侶の修行場を核としたことがうかがえます。現在、長安寺には、本堂のほか講堂の跡が残り、奥の院には六所権現とその近くには大きな国東塔(大分県指定文化財)があります。また、参道の両側には7か所の坊跡が残り、長安寺の南側の加礼川【かれがわ】地区にも、下の坊・峯の坊など、長安寺と関わる坊の跡が残ります。
銘文(めいぶん)
石塔や仏像の内部、工芸品などに記された、年号や制作者の名前、その文化財をつくる理由や願いを記した文章(願文【がんもん】)などをいいます。
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指定年月日 昭和54年5月15日