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津久見市大字津久見
大友宗麟に仕えた吉水氏の墓と考えられている無縫塔2基です。左側の無縫塔には天正3年(1575)10月6日、右側の無縫塔には天正6年(1578)11月12日の日付が刻まれています。天正6年11月12日は日向高城合戦の当日です。
津久見市大字八戸
武速神社参道横にあるイロハモミジの巨木です。生育環境や虫の影響を受けやすく、ここまで大きくなったイロハモミジは貴重です。
宇佐市大字荒木
古墳時代の集落【しゅうらく】跡です。集落を囲む大きな溝の中に、当時の有力者が住んでいた大型の建物が発見されています。小部遺跡は、駅館川【やっかんがわ】をはさんで反対側にある赤塚古墳【あかつかこふん】に埋葬された人の集落という意見もあります。
別府市野田
中世にこの地を支配した竈門氏【かまどし】の墓地です。23基の石塔・石碑などがあり、そのうちの一つには鎌倉時代の年号が記されています。
大分市牧緑町1-61 大分県立埋蔵文化財センター
玖珠町の四日市遺跡から出土した弥生時代の絵画土器(3点)です。壺【つぼ】や高坏【たかつき】に、シカや矢じり状の模様が描かれています。シカを描いた絵画土器は大分県内では唯一のものです。
竹田市久住町宮脇
納池公園には、納池神社と南北に細長い池があり、周囲はスギの大木に囲まれています。その景観は、江戸時代の絵図にも描かれています。明治時代には近代的な公園として開設されました。
臼杵市大字臼杵ほか
臼杵城跡は丹生島【にゅうじま】に築かれた城で、弘治【こうじ】2年(1556)に大友義鎮【おおともよししげ】によって築城されました。大友氏以降は城主が太田【おおた】氏・稲葉【いなば】氏へかわるとともに、城郭の構造も変化しました。
佐伯市宇目大字千束
佐伯市宇目の重岡地区を中心に、毎年7~5月に実施されている神楽です。病気平癒や子供の成長祈願、厄除け、古希などの長寿や結婚の祝いなどで神楽を演じます。宇目地区では、家祈祷【やぎとう】といって個人の家で神楽を演じることがあり、大分県内では他にみられない独特な風習として重要です。
佐伯市鶴見大字大島字水ノ子ほか
豊後水道中央の水ノ子島に位置する高さ41.5mの灯台です。明治37年(1904)に完成しました。灯台を管理する職員が利用した鶴見半島にある宿舎も当時の姿を伝えています。
豊後高田市加礼川・長岩屋・夷、国東市国東町岩戸寺
国東半島に広がる天台宗の寺院群を六郷山【ろくごうさん】といいます。石立山岩戸寺【いしだてさんいわとじ】、長岩屋山天念寺【ながいわやさんてんねんじ】、金剛山長安寺【こんごうさんちょうあんじ】、夷岩屋【えびすいわや】の4つの寺社の境内や坊跡【ぼうあと】などが指定されています。
豊後大野市清川町宇田枝
御嶽神楽は、天孫降臨【てんそんこうりん】などの神話を主題にした演目を中心に33演目を伝えていて、主に大分県南部で伝承される同種の神楽の代表的なものです。「動画をみる」から神楽の全方向動画を視聴することができます(wifi環境推奨)。
大分市玉沢(大分雄城台高校)
大分市の雄城台遺跡【おぎのだいいせき】の発掘調査では弥生時代の竪穴住居【たてあなじゅうきょ】がたくさんみつかりました。3D技術によって復元した建物の中には、調査で出土した土器を並べ、当時の人びとの生活の様子がわかるようにしています。
国東市武蔵町吉広 西光寺
西光寺に建っている、高さ約2.5mの国東塔です。2段の基礎には銘文【めいぶん】が刻まれており、室町時代の至徳4年(1387)につくられたことがわかります。
国東市国東町大恩寺
国東半島に広がる六郷山寺院【ろくごうさんじいん】のひとつ、文殊仙寺の境内林です。ウラジロガシを中心とする林で、国東半島に残る代表的な「自然の林」です。
国東市国見町竹田津
武多都社【たけたづしゃ】の境内林は、台地に広がります。コジイとスダジイの林で、うっそうとした林は、国東半島の「自然の姿」を残しています。
国東市武蔵町内田
武蔵のサツキツツジは、武蔵町内田の中井家の庭に植えられたサツキツツジです。指定時は、地上に約90本に及ぶ小枝に分かれ、高さは1.5m、梢は傘状に広がり、直径7m、その周囲は22mに及んでいました。6月に朱赤色の花を咲かせます。
宇佐市大字高森字京塚 大分県立歴史博物館
もともとは豊後高田市にある富貴寺大堂の中にあったものです。中にある壁画は国指定重要文化財で、この断片はその富貴寺大堂壁画の一部としても、全国的にも希少な12世紀後半頃の平安時代の板絵壁画としても貴重なものです。
姫島村大海 比売語曽社
姫島の南側の大海【おおみ】地区にあります。崖の地層をよくみると、波打っているような模様のところがあります。これを、地球科学の言葉では「コンポリュートラミナ」といいます。