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宇佐市大字南宇佐2859 宇佐神宮
江戸時代のはじめに宇佐神宮に奉納された刀です。無銘ですが、作風から大和国(いまの奈良県)の手掻派という一派の作とみられます。古い作りをして、よく反った姿が美しい作品です。
江戸時代、日田の代官だった塩谷大四郎は干拓工事に取り組んでいました。この刀は、事業の成功を願って薩摩(いまの鹿児島県)の刀工であった藤原正房につくらせ、宇佐神宮に奉納したものです。
江戸時代に宇佐神宮に奉納された刀です。無銘ですが、刀に梵字【ぼんじ】を彫っています。作風から、肥後国で活躍した延寿一派の末裔による作と考えられます。大きく出来も優秀な刀です。
作者や、奉納などの歴史はくわしく分かりませんが、刀は古く見えるような姿をしており、上品な刀です。室町時代初期につくられたと考えられます。
刀の作りから、土佐(いまの高知県)で活躍した「土佐吉光」と呼ばれる鍛冶一派の作品で、室町時代につくられたと考えられます。奉納の由来などは分かりませんが、刀自体が素晴らしい出来をしており、貴重です。
江戸時代に宣貞という刀工がつくった短剣で、同じく県指定の剣と併せて、宇佐神宮に奉納されたものです。短剣の出来も素晴らしいものですが、銘文や宇佐神宮の記録から奉納されたことがはっきりわかるので、資料的価値があります。
信国という刀工によって、江戸時代につくられ、宇佐神宮に奉納されました。長さは130㎝を超える、とても大きな太刀です。信国派は全国で活躍したと伝わる刀工一派ですが、筑前国(いまの福岡県)で活躍した一派の作品と考えられます。室町時代からの伝統的な作風を守ろうとする努力がうかがえる作品です。
弘包という刀工が、江戸時代の初めにつくった太刀です。弘包は大和国(いまの奈良県)の刀工でした。この太刀は1m近くの長さがあり、伝統的な技法をよく守っていて優れた作品です。
両方に刃がついている、まっすぐな刃物を剣といいます。これは江戸時代に宣貞という刀工がつくった剣で、宇佐神宮に奉納されたものです。剣の出来も素晴らしいものですが、銘文や宇佐神宮の記録から奉納されたことがはっきりわかるので、資料的価値があります。
大分県豊後大野市三重町
丈夫でよく切れると有名な豊後刀。この刀は、江戸時代初期に藤原行房という刀工によって作られたものです。行房の作品は少なく、造られた時代が分かる刀として貴重です。
国東市国東町安国寺2245 安国寺
元々は京都のお寺にあった仏像ですが、明治時代に安国寺に移されました。室町時代につくられたもので、とても穏やかなお顔をしています。彩色も良く残っています。
宇佐市南宇佐2077 大楽寺
大楽寺は、元弘3年(1333)に後醍醐天皇【ごだいごてんのう】の願いによって建てられたお寺です。この古文書群【こもんじょぐん】には、後醍醐天皇からの手紙などがあり、大楽寺の歴史を伝える貴重な文化財です。
国東市武蔵町成吉1089 圓明寺
仏教をはじめた釈迦は、のちに釈迦如来としてまつられました。この像は、右手を体の前でかざし、左手を膝の上に置いています。この手のかたちは、「大丈夫、心配ない」という意味です。
国東市安岐町両子1548 両子寺
髪の毛を結いあげ、左手には蓮の花を持っています。このような姿は、観音菩薩の特徴です。観音菩薩をはじめ、菩薩像は冠【かんむり】や首飾りをつけていることが多く、この像も冠や首飾りなどがあったのでしょう。
中津市995番地 浄安寺
阿弥陀如来【あみだにょらい】は、はるか西のかなたの極楽浄土【ごくらくじょうど】に住んでいるといいます。親指と人さし指をつなげて、「OK」のような手の形は、阿弥陀如来の特徴です。お迎えにきましたという意味があります。
臼杵市吉小野4296番地 臼杵市文化財管理センター
臼杵藩では、地元にいる家老【かろう】が1ヶ月ごとに交替で御会所【ごかいしょ】の当番となり、日々の重要なできごとを書きとめました。この日記類には、実にさまざまなできごとが記され、江戸時代の臼杵藩のことを細かく知ることができます。
国東市国東町横手1913 泉福寺
泉福寺は、永和元年(1375)に創建された曹洞宗【そうとうしゅう】のお寺です。境内にある仏殿【ぶつでん】は国指定重要文化財で、この厨子は仏殿の奥に安置されています。
大分市森町549 専想寺
専想寺【せんそうじ】の本尊です。立ち姿の阿弥陀如来で、左手を下におろし、右手を胸の前にかかげています。親指と人さし指で「OK」をつくる手の形は阿弥陀如来の特徴です。