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佐伯市大字長谷 城八幡社
ハナガガシは、九州・四国の一部に分布するブナ科の高木です。人の活動によって影響を受けることなく原生状態に近いこのハナガガシ林は、自生地として大変貴重です。県内では堅田郷八幡社と八坂神社(佐伯市弥生)の2か所だけにあります。
竹田市久住町、玖珠郡九重町
ツツジ科の小低木です。中部地方から北海道の高所に自生し、九州ではくじゅう連山の山頂帯【さんちょうたい】にだけ生えています。5月から6月ごろに淡い紅色を帯びた白色で、つりがね形の花を咲かせ、9月中旬に赤い果実ができます。
玖珠郡玖珠町大字森
江戸時代に、森藩陣屋【もりはんじんや】の北側に作られた庭園です。池や泉からなる庭園や久住連山の展望を活かした庭園があり、変化に富んだ景色を楽しむことができます。
杵築市
杵築城の城下町です。南北の高台に武家屋敷群【ぶけやしきぐん】、間の谷に商人の町が形成された城下町が江戸時代に形成されました。現在も多くの武家屋敷が南北の高台に残されています。
国東市武蔵町吉広
国東市武蔵町にある楽庭八幡社で、毎年6月13日に行われる虫送り祈願のために行われる楽打【がくうち】神事です。南北朝時代の頃に吉弘氏が戦勝と五穀豊饒を願って始めたと伝わっています。
宇佐市大字南宇佐
荘園【しょうえん】があった時代、室町時代まで番長職【ばんちょうしき】をつとめた家に伝わった古文書群【こもんじょぐん】です。室町時代までの、宇佐神宮の祭礼や行事、あるいは荘園や神宮の運営の様子がわかります。
宇佐市大字南宇佐2197・2199 宇佐市
ドイツのクラウス社製の蒸気機関車です。 大正5年(1916)から昭和40年(1965)まで、当時の国鉄宇佐駅を通って、豊後高田から宇佐神宮まで、鉄道が走っていました。宇佐参宮線です。この機関車は、多くの人々の想いを乗せて、走ったのです。
カモシカはシカという名前がついていますが、シカではなく、ヤギやヒツジと同じウシ科の仲間です。中国地方を除いた本州、四国、九州に生息する日本固有の種です。九州では大分県、宮崎県、熊本県の山地にすんでいます。
宇佐市院内町
オオサンショウウオは「生きた化石」とも呼ばれる世界で最大の有尾目【ゆうびもく】両生類です。日本では、岐阜県以西に生息し、中国地方に多く、九州では宇佐市院内町の南院内地域が唯一の生息地です。
オオサンショウウオは、カエルなどと同じ両生類で、その中でも一番大きい、日本固有の生物です。半分に引きさかれても、死なないほど強いと信じられ、「ハンザキ」や「ハンザケ」とよばれて神社にまつられている地域もあります。
日田市隈2-7-10
日田市田島2丁目184番地 大原八幡宮
鉾(矛)【ほこ】とは、長い柄の先に装着して使われた中国の武器です。この青銅製の矛は、全長82.9mで幅は狭くもなく広くもない中広形銅矛【ちゅうびろがたどうほこ】と呼ばれるものです。武器としてではなく、儀式の道具として使われていました。
宇佐市大字高森字京塚 大分県立歴史博物館
森貝塚【もりかいづか】は、豊後高田市を流れる桂川の左岸にある縄文時代後期の貝塚です。昭和5年に大分県内で初めての学術調査が行われた遺跡で、瀬戸内海沿岸でよく見られる土器などが出土しました。
昭和23年(1948)に、香々地町(いまの豊後高田市香ヶ地)で開墾が行われた時、岬古墳から、革綴短甲【かわとじたんこう】、鹿角装剣【ろっかくそうけん】、短剣などの鉄製品が見つかりました。 特に、革綴短甲は出土することが全国的にも珍しい資料です。出土遺物から、5世紀頃に供えられたようです。
瑞雲寺【ずいうんじ】の跡地から出土した遺物です。銅造誕生釈迦仏立像【たんじょうしゃかぶつりゅうぞう】のほか、独鈷杵【どっこしょ】の仏具や、青磁劃花蓮華文碗【せいじかくかれんげもんわん】等の陶磁器や、短刀、ガラス小玉などがあります。
宇佐市南宇佐2859 宇佐神宮
宇佐地域の古代寺院の一つである弥勒寺【みろくじ】の跡地から発掘されました。これらの瓦の大半は、大宰府鴻臚館【だざいふこうろかん】(福岡県)で使われたものと似た瓦で、一部に法隆寺【ほうりゅうじ】(奈良県)で使われた瓦と同類のものが使われていました。
宇佐市芝原
戈【か】は、長い柄の先に直角に取りつけて使う中国の武器です。日本列島でも、中国から伝わった銅戈【どうか】をまねして石の戈をつくり、儀式の道具として使用していました。この石戈は芝原地区の畑で採集されたものです。
宇佐市下時枝237 善光寺
鬼瓦【おにがわら】とは、瓦葺き屋根の端などに設置された装飾性のある瓦です。この瓦は国重要文化財「善光寺本堂【ぜんこうじほんどう】」に使われていました。