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豊後高田市田染小崎2085-1 延寿寺
石殿は国東半島一帯のみにあります。屋根の下に、地蔵菩薩等を彫った部分があります。このようなデザインの石造物は、日本の中でも大分県独特のものといえます。この石殿は、銘文【めいぶん】があり、宇佐神宮の荘園【しょうえん】の田染荘【たしぶのしょう】を現地で支配した人物がつくったことがわかります。
佐伯市宇目大字塩見園
宝塔とは、円柱に屋根をのせたデザインで、屋根の上には仏教の塔のジンボルである相輪(そうりん)がたちます。木や金属、石など、さまざまな素材でつくられました。大師庵宝塔は2基あり、並んで立っています。2つはほとんど同じ形で、高さは約2mあります。
豊後大野市三重町内田95
宝篋印塔とは、宝篋印塔陀羅尼(ほうきょいんとうだらに)というお経を納めた塔で、中国の塔の影響から全体的に段が多いデザインとなっています。浄運寺宝篋印塔は浄運寺の裏庭に置かれ、高さは2mあります。基礎4面には墨や朱が残っています。
豊後大野市三重町小坂
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、これが石幢の特徴です。また、屋根は四角形や六角形、円形のものがあり、さまざまなデザインの石幢があります。先端の宝珠【ほうじゅ】の一部は壊れていますが、全体に残りのよい石幢です。
豊後大野市犬飼町黒松
宝塔は、円柱に屋根をのせたデザインで、屋根の上には仏教の塔のジンボルである相輪【そうりん】があります。木や金属、石など、さまざまな素材でつくられました。新飼宝塔は2つあり、1つは高さは約2m、もう1つは約1.7mです。
別府市東山1 御嶽権現社
宝塔とは、円柱に屋根をのせたデザインで、屋根の上には仏教の塔のジンボルである相輪(そうりん)がたちます。木や金属、石など、さまざまな素材でつくられました。この塔は、凝灰岩【ぎょうがいがん】でつくられ、屋根や蓮華【れんげ】の表現が細かく、装飾性が豊かな塔です。
豊後大野市大野町中土師
五輪塔とは、5つのパーツにわかれる塔です。それぞれのパーツは、四角形・丸・三角形など、いろいろな形をしています。表五輪塔は、山の中に4基並立している五輪塔です。4基のうち2基は完形で、同じ年月日が彫られています。
杵築市大田沓掛
国東半島一帯には、独特のデザインの石塔があります。「宝塔」という石塔をもとにしたもので、「国東塔」と呼ばれます。花月園国東塔の高さは約2.5mで、石材には角閃安山岩が使われています。銘はありませんが、南北朝時代末期から室町時代初期にかけてつくられたと考えられます。
中津市本耶馬渓町跡田
国東半島一帯には、独特のデザインの石塔があります。「宝塔」という石塔をもとにしたもので、「国東塔」と呼ばれます。この塔は溶結凝灰岩でつくられていて、高さが約2mあります。山の上の巨大な岩の上に立っていることが大きな特徴です。
豊後大野市緒方町上自在
石を板のように薄く長く加工したものを「板碑」とよびます。てっぺんを三角形にし、上の方に横線を刻んだものもあります。三反畑板碑は、総高約3mの大きな板碑です。釈迦の種子【しゅじ】が刻まれているものは、この板碑以外に県内では他に例がなく、珍しいものです。
竹田市会々2540
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、これが石幢の特徴です。また、屋根は四角形や六角形、円形のものがあり、さまざまなデザインの石幢があります。この石幢には長文の銘文【めいぶん】があり、いつだれがつくったかがよくわかる石幢です。
豊後大野市清川町六種
宝塔とは、円柱に屋根をのせたデザインで、屋根の上には仏教の塔のシンボルである相輪(そうりん)がたちます。木や金属、石など、さまざまな素材でつくられました。この宝塔は、高さが約2mあり、銘文を多く残しています。銘文【めいぶん】にある嘉暦年間 (1326 ~ 28)の年号を裏付けるように、鎌倉時代の特徴が多く見られます。
別府市鉄輪
国東半島一帯には、独特のデザインの石塔があります。「宝塔」という石塔をもとにしたもので、「国東塔」と呼ばれます。この国東塔は、現在は鉄輪温泉白池地獄の庭内にありますが、基礎が整っていないため、国東方面から移動したものと考えられます。高さは約2.7メートルで、角閃安山岩が使われています。
国東市安岐町両子1548番地
国東半島一帯には、独特のデザインの石塔があります。「宝塔」という石塔をもとにしたもので、「国東塔」と呼ばれます。この塔は鎌倉時代に造られたと考えられ、高さは約4. 5mあります。塔身は裾のやや細まった円筒形で、正面に「奉納如法書写一乗妙法蓮花経」と刻まれています。
豊後大野市三重町久田
五輪塔とは、5つのパーツにわかれる塔です。それぞれのパーツは、四角形・丸・三角形など、いろいろな形をしています。この五輪塔は高さが約2.5mもある大きな五輪塔です。彫られている文字から、つくられた時代や、つくった人の名前がわかります。
国東市安岐町矢川
鎌倉時代~室町時代の墓と考えられる2基の地下にたてにほられた穴【あな】です。死者を安置するための場所と考えられる石積みがあります。刀が2点が出土したと伝えられています。
竹田市直入町長湯
干十字【かんじゅうじ】と呼ばれる石造物です。上部に横書きで「INRI」と彫られています。これは、イエス・キリストが十字架にかけられた時に書かれていた文字といわれています。
国東市国見町中 個人
この五輪塔は、さまざまな種類の石造物が建つ妙吉寺旧墓地にあります。一つの石でつくった五輪塔で、このような五輪塔を一石五輪塔【いっせきごりんとう】といいます。