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中津市本耶馬渓町大字平田39番地 久福寺
中津市久福寺のお堂に安置されている仏像です。仏像の体や衣の特徴から、平安時代後期につくられたと考えられます。胎蔵界【たいぞうかい】の大日如来像は県内でも類例が少なく、貴重です。
豊後大野市三重町松尾1496 吉祥寺
豊後大野市三重町の吉祥寺に伝わる、鎌倉時代につくられた仏像です。吉祥寺はもとは広福寺といい、天正14年(1586)に島津による豊後侵攻の際に焼けてしまいましたが、この像は火災を逃れ、今に伝わっています。
宇佐市高森字京塚 大分県立歴史博物館
国東市の桜八幡神社の旧御神体とされる神像です。僧形八幡神(応神天皇【おうじんてんのう】)、神功皇后【じんぐうこうごう】、比売神【ひめのかみ】を表していると考えられます。神社の創建と同じ、平安時代後期につくられたとされます。
国東市国見町野田
かつて全光寺に安置されていたと伝わる仏像です。丸くふくよかなお顔や衣の彫り方から、平安時代末期につくられたと考えられます。
姫島村大海 比売語曽社
姫島の南側の大海【おおみ】地区にあります。崖の地層をよくみると、波打っているような模様のところがあります。これを、地球科学の言葉では「コンポリュートラミナ」といいます。
国東市国東町安国寺1639-2 国東市歴史体験学習館
飯塚遺跡は、奈良時代の国前郷の中心地だったと考えられる遺跡です。そこから見つかった50点以上の木簡(文字が書かれた木の札)と墨書土器(墨で文字が書かれた土器)は、当時の耕作・納税など様々な内容を文字から知ることができる、大変貴重な資料です。
豊後大野市緒方町冬原
鰐口【わにぐち】とは、お寺や神社につりさげて打ち鳴らす道具です。豊後大野市緒方町に伝わっていたものですが、銘文から「住江村地蔵堂」と「円通寺」に奉納されたことが分かります。
大分市上野丘2ー8ー27 金剛宝戒寺
大分市金剛宝戒寺に伝わる銅製の仏像です。頭から足まで一つの鋳型でつくられており、衣文【えもん】の表現などから、飛鳥時代につくられたと考えられます。このような古い時代の仏像は大分県内に他の例がなく、最古期のものといえます。
宇佐市大字南宇佐2859 宇佐神宮
朝鮮半島でつくられたと考えられる鐘です。国内に現存する朝鮮鐘は少なく、貴重ですが、その中でも二番目に古いものです。
豊後大野市三重町内田881 豊後大野市資料館
経筒は、経典【きょうてん】を地中に埋めて後世に残すためにつくられた銅製の容器です。銘文【めいぶん】から、この経筒は平安時代のおわりにつくられたもので、父母孝養のために埋められたものと考えられます。
大分市大道
丈夫でよく切れると有名な豊後刀。この刀は、藤原實行という刀工が作った豊後刀です。銘文から、江戸時代につくられたことが分かります。年紀のある刀剣は希少価値があります。
中津市三光田口 中津市
八面山【はちめんざん】の北西側の中腹にあります。イチイガシは、ドングリがなる木のひとつです。イチイガシ林のうち、大分県北部でのまとまった林として重要です。
別府市火売 火男火売神社
火男火売神社【ほのおほのめじんじゃ】の下宮【げぐう】(鶴見権現社)の境内林です。イチイガシは、ドングリがなる木のひとつです。イチイガシ林のうち、大分県の代表的な林のひとつです。
別府市小倉6組
別府市の鉄輪温泉【かんなわおんせん】地区のいちばん上、方角でいえば西の端にあります。地下からの蒸気で、泥がポコポコと盛り上がり、坊主頭のような形になることから、坊主地獄とよばれるようになりました。
豊後高田市見目
海蝕洞穴は、波によってつくられた海岸の洞穴です。「海蝕」は「海食」とも書き、「海食洞【かいしょくどう】」や「海食洞窟」などともいいます。海食洞は、波によってつくられた切り立った崖(海食崖【かいしょくがい】)のうち、より軟らかな岩石の層や割れ目などが、さらに波などで削られたものです。
別府市朝見 八幡朝見神社
八幡朝見神社の社殿【しゃでん】後側から向かって左側にかけて、アラカシを主とする林が広がります。その林の中に、御神木のクスノキがあります。クスノキは、大分県を代表する巨木【きょぼく】のひとつです。
豊後大野市豊後大野市三重町久田
豊後大野市三重町にある中尾区釈迦堂につたわる仏像です。 お顔や髪型、衣文【えもん】の表現などから平安時代後期につくられたと考えられますが、一部に古い技法が使われており、古い技法を残していた地方の仏師がつくったようです。
大分市上志津留
神社などにある石灯籠のようですが、屋根の下に、仏さまを刻んだ部分があり、これが石幢【せきどう】の特徴です。また、屋根は四角形や六角形、円形のものがあり、さまざまなデザインの石幢があります。この石幢は、直径1mを超える大きな笠が特徴です。笠の裏に残る墨で書かれた文字から、大分県で最も古い重制石幢(部材をいくつも重ねて造られた石幢)とされます。